サーミの血
あらすじ
北欧の少数民族サーミ人の少女が、差別や困難に立ち向かいながら生きる姿を描いたドラマ。1930年代、スウェーデン北部の山間部に居住する少数民族サーミ族は、支配勢力のスウェーデン人によって劣等民族として差別を受けていた。サーミ語を禁じられた寄宿学校に通うエレ・マリャは、成績も良く進学を望んだが、教師からは「あなたたちの脳は文明に適応できない」と告げられてしまう。ある時、スウェーデン人のふりをして忍び込んだ夏祭りで、エレは都会的な少年ニクラスと出会い恋に落ちる。スウェーデン人から奇異の目で見られ、トナカイを飼育しテントで暮らす生活から抜け出したいと思っていたエレは、ニクラスを頼って街に出る。
監督のアマンダ・シェーネルはサーミ人の血を引いており、自身のルーツをテーマにした短編映画を手がけた後、同じテーマを扱った本作で長編映画デビューを果たした。主演はノルウェーでトナカイを飼い暮らしているサーミ人のレーネ=セシリア・スパルロク。2016年・第29回東京国際映画祭で審査員特別賞および最優秀女優賞を受賞した。
ネタバレ感想
この映画を観るにあたって『サーミ人/ラップ人』と呼ばれる少数民族の基礎知識だけでもあるとなお分かりやすいかと思います。
サーミ人(サーミじん、北部サーミ語:Sápmi)は、スカンジナビア半島北部ラップランド及びロシア北部コラ半島に居住する先住民族。フィン・ウゴル系のうちフィン・サーミ諸語(英語版)に属するサーミ語を話すが、ほとんどがスウェーデン語、フィンランド語、ロシア語、ノルウェー語なども話すバイリンガルである。ちなみにラップランドとは辺境の地を呼んだ蔑称であり、彼ら自身は、サーミ、あるいはサーメと自称している。
Wikipediaより引用
彼らは、トナカイを飼って遊牧している民族で、伝統を重んじながら暮らしています。
主人公のサーミ人少女〈エレ・マリャ〉は、妹〈ニェンナ〉と共に寄宿学校に通う事になるのですが、スウェーデン人からのサーミ人差別はかなり烈しいもので、それはもはや迫害の域にありました。
同世代の少年達からはからかわれ蔑まれ、サーミ人になら何を言っても、何をしても良いと思っている様子がありありと伝わりますし、子供達だけでなく大人でさえも公然と線引きをしているあたりがゾッとします。それもそのはずで、当時の北欧諸国ではサーミを支配下に置くため同化政策が推進されており、彼らを下等種族扱いする事はある意味で政府のお墨付きのようなものなのです。
サーミ語は禁止だという学校で行われた身体検査での、サーミ人全員が並ばせられてあらゆる身体的箇所を測定され、服を脱がされて写真を撮られ、まるで別の生態を研究しているかのような非人道的扱いを受ける子供達の姿は見ていられないものがあります。
エレは語学も堪能で学ぶ意欲があるにも関わらず、彼女に対して比較的好意的な女教師からすら「脳の出来が違うから進学は無理」「文明に適応出来ない」とバッサリ切り捨てられてしまうのです。サーミ人だというだけで。
民族衣装を脱ぎ去り、盗んだ洋服を着てスウェーデン人のフリをしたエレは、忍び込んだお祭りで洗練された都会っ子〈二クラス〉と出会います。
〈クリスティーナ〉と名乗ったエレをサーミ人だとは気付かないままに親しくなる二人ですが、妹がエレを捜しに迷い込んで来た時の周りのスウェーデン人の反応がそれはもう冷たく侮蔑を含んでおり居た堪れません。
サーミ人である自分を捨てて外の世界で生きていく事を決意したエレは、列車に乗りニクラスを頼ってウプスラという街に辿り着きます。
この先どうやって生きて行くのか、血を捨てるという覚悟はあってもそれはあまりに厳しく、ましてやまだ未成年の彼女が一人で生きて行く事なんて出来ないのが現実です。
辿り着いたニクラスの家では、彼の両親から歓迎されないまま強引に押しかける形となりました。文化的な暮らしを目で見て静かに触れていき、ニクラスとの甘いひと時を過ごすエレには『初めて』だらけの心躍る気持ちがあるはずなのですが、それに圧倒されている様子は生きてきた世界の違いを感じてしまいますし、この先を考えた時にどうしても付き纏う重たさは拭えません。
しばらく泊まらせてもらえないかと交渉するも、そもそも突然やって来た家出少女を長く置いてくれる家庭なんてありませんし、その上両親はエレがサーミ人だと見抜いていました。
行くあてがないままにひょんな事から学校へ通える事になったエレ。
お洒落や化粧をして先進的なクラスメイト達と触れ合い、背伸びして仲間に溶け込もうとする過程で他人を小馬鹿にして優越感すら感じてしまう瞬間を見せるのが何とも人間らしさを映しています。
妹に対しての言動もそうでしたが、自身のルーツであるサーミを否定してまで侮蔑の表現である「ラップ人」と罵ったり、エレの言動もまた自身を侮辱した人間の言動と似通ってきているのが複雑な気持ちにさせられます。
そしてここでもまた現実的な問題に直面し、学校へ通うにはもちろん学費が必要になるのです。
これを工面するために向かったのが先日追い出されたニクラスの元というのがやるせなくなります。
サーミ人の中という閉鎖的な環境で育って来たからこその世間知らずさのようなものが度々エレに見られて、その度にもどかしい気持ちに。
ニクラスの誕生日会では彼の学友達から、虐げられる事はなくとも悪気のないナチュラル差別を受けるエレ。
結局母親の元へ帰り学費のために自分が相続したトナカイと父親の銀のベルトを売ってくれと頼むも、妹を脅して寄宿学校を脱走し行方知らずだった娘が突然帰って来た挙句に金の無心をされた母親は反対しない訳がなく…突っぱねられたエレは激情のままにトナカイを絞め殺し、空気が重たいの何の。
母親は無言でベルトを渡し、その後エレは教育を受けクリスティーナとなり年老いるまで人生を歩んできたようで…凄まじい行動力と根性です。
冒頭と終盤では老婆となったエレことクリスティーナが、妹の葬儀に出席する事で、忌み嫌うサーミの血を嫌でも振り返る事になるという流れ。
最後の最後で棺に入った妹の耳元で「私を許して」と囁くエレ。家族を切り捨てた負い目をずっと感じでいたでしょうし、その気持ちを感じながらなお血の呪縛から抜け出したかった彼女の葛藤の日々が凝縮されているようでした。
とにかくエレが不屈の精神の持ち主で、差別や偏見からくる苦悩故にではありますが、嘘や盗み、開き直りと倫理的にアウトな事までやってのけるものですからただただ可哀想だと感情移入は出来ず、けれどもそこまでして得た人生にある種の後悔が付き纏っているという悔しさが『少数民族への差別』を引き起こした悪しき政策を際立たせています。
差別だとか迫害モノにありがちなドラマチックで過度な演出だったり、あからさまなお涙頂戴シーンがあったりしないところが、より現実感を持たせているように思えました。
評価(平均点高めの設定です。)
4.2 /5 点!
概要
監督:アマンダ・ケンネル
時間:1時間48分
配給:アップリンク
公開年:2017年